トップ

マリミテSS

& SSS

パロディ

(銀杏鉄道)

パロディ

(銀英伝)

パロディ

(その他)

 

愛と暴走のトラピスト

 The Cherry Blossoms, again

They are caught twice in the same snare, or not? --that's the problem

 

 

 

1、

 

 月曜の放課後、薔薇の館。

 

 階段の半ばほどで、体も足もだるくて動けなくなった。

「暑い……」

「これで九回目です、祐巳さま」

 へばっている祐巳に、こちらは涼しげな顔の乃梨子ちゃんが数を教えてくれた。

「うう……」

(そんなもの教えてもらっても、何の慰めにもならない……)

 夏休みはとっくに終わったのに、何でこんなに暑いんだろう。

 というか、涼しくなるまで二学期なんか、始めなくってもいいのに。

 そしたらお姉さまとだって、もっとゆっくりと、――

「北海道なのよ!」

(そう、お姉さまと北海道――)

「って、お姉さま?」

 幻聴じゃない。頭の上から本当の祥子さまのお声が降ってきて、祐巳は思わず反射的に顔を上げた。

 でも階段の上には誰もいないから、

「お部屋の中かな?」

「みたいですね」

 まだまだ暑いので、ビスケット扉はたいがい開け放したままで、中の物音も声も、外に筒抜けだ。

「名物です」

 今度は由乃さんの声がする。

「アメもあったよね」

 令さまもいらっしゃるらしい。

「うちのお姉さま以外はみなさま、お揃いみたいですね」

 乃梨子ちゃんがつぶやいた。しかし、

(北海道? 名物? アメ?)

「いったい何の話でしょうか、祐巳さま?」

「さあ?」

 祐巳は乃梨子ちゃんと顔を見合わせた。

 

「何の話って、――これよ」

 部屋に入ってきた祐巳と乃梨子ちゃんに、祥子さまは大きめの菓子箱を指さした。

「あ、――トラピスト・クッキーですか」

 バター飴で有名な、北海道のトラピスト修道院のクッキーの箱だった。

「あなたも、知っているのね、祐巳」

 知っている?――って、ああクッキーのことか。

「はい。甘いけど、こくのある味で、おいしいですよ」

「そう、それはよかったわ。――いいえ、よくないわ」

「は?」

 何のことだかさっぱり分からない。

 令さまが苦笑なさって、

「あなた、いいかげん話を端折りすぎよ、祥子。――つまりね、祐巳ちゃん。祥子はこのお菓子はともかくとして、そのお菓子を持ってきた、人が人だということで、気に入らないのよ」

「気に入らないって、そういうことじゃないわよ、令。つまり――」

「はいはい、――というわけで、ちょっと由乃。とにかくこれをもってきたのは、たしかに志摩子なのね?」

 念を押す令さまに由乃さんはうなづいて、

「そうよ。たしかに志摩子さんが、さっきお土産だって持ってきて、置いて帰ったの」

「お土産って、――お姉さまの北海道のお土産ということですか、由乃さま?」

 それを聞いて乃梨子ちゃんが首を傾げた。

「と思うけど、――違うの、乃梨子ちゃん?」

「少なくともこの週末は、私、小寓寺さんにお邪魔してましたし、お姉さまも確かにいらっしゃいました。私の知る限りで、おうちの外へお出かけになった形跡はありません。まして北海道だなどと」

「――だそうよ、祥子。あなたの名推理もどうやら成立しそうにないわね」

「何よ、その〈名推理〉というのは、――人をからかって」

「あの、いったい何の話なんでしょうか、令さま、お姉さま?」

 とにかく、えっと、

(令さま、たった今、なんて、おっしゃったっけ?)

 ――そう、〈気に入らない〉といわれたのだった。ちょっと、おだやかではない。

 志摩子さんがクッキーをお土産に持ってくると、何か問題なんだろうか。

「……」

 祥子さまが指をかんで沈黙してしまわれたのに、令さまが苦笑して、

「簡単にまとめるとね、志摩子が北海道のトラピスト修道院まで行って、このお土産を買ってきたんじゃないかと、紅薔薇さまはお疑いでいらっしゃるわけよ」

「はあ。――で、志摩子さんが北海道へ旅行に行くと、何か問題があるんでしょうか?」

 北海道だって日本国内だろうし、そんなに不思議がることじゃないと思うけど。

「行き先に問題が大有りよ。だって祐巳ちゃん、〈修道院〉なのよ」

(――修道院なのよ、って)

 だから修道院に何か問題が?――って、

「……あ!」

「分かった、祐巳ちゃん?」

 ――やっと祐巳にも理解できた。

 要するに志摩子さんが修道院に入るために北海道に行ってきたんじゃないかと、祥子さまはお疑いになったわけだ。――この菓子箱で。

 

 

 

2、

 

「失礼ですが、それは多分ないと思います」

 乃梨子ちゃんが首を横に振った。

「この週末に限らず、少なくとも私はお姉さまからそういったお話を伺ったこともないですし、ここのところ、そういう機会がおありだったとも思えません」

 乃梨子ちゃんが断言したのに、令さまは肩をすくめて、

「でしょう? だいたいトラピスト・クッキーなんて、ありふれたお土産よ。そもそも東京でだって手に入るわよ、ねえ――」

「――それなんですが、黄薔薇さま」

「なに、乃梨子ちゃん?」

「この菓子箱については、たぶん本当に北海道から来たのではないかと」

 乃梨子ちゃんの言葉に、令さまは大きく目を見開いた。

「何ですって?」

「この週末にお邪魔したおりに、ご住職から伺ったんです。つい先だって、北海道からわざわざ、ちょっと変わったお客さまが見えたと」

「北海道から? 変わったお客さま?」

「はい。どう変わっているのかは、お笑いになるばかりでおっしゃいませんでしたし、私も強いては伺わなかったのですが」

「――つまり」

「はい。ひょっとしたら、これはその方のお土産ではないでしょうか」

「……」

 令さまが詰まったのをよそに、祥子さまは俄然張り切った。

「ほら、ごらんなさい、令! やっぱり〈北海道〉なのよ」

 得意満面の祥子さまを前に、令さまはしばらく沈黙していたが、

「……単に北海道からお客さまがいらっしゃっただけでしょう。小寓寺はけっこう大きいお寺なのよ。観光用ではないにしても、お客さんも多いわ」

 そういえば令さまは父方か母方かは忘れたが、とにかくご実家が志摩子さんのお寺の檀家なので、多少の事情もよくご存知なわけだ。

「それですが黄薔薇さま、紅薔薇さま。――ひょっとして」

 乃梨子ちゃんは頭に手を当てて、何かを思い出そうとしているようだった。やがて、

「あの、そのお客さまなんですが、紅薔薇さま」

「なに、乃梨子ちゃん、お客さまがどうしたの?」

 祥子さまが身を乗り出されるのに、

「その、ひょっとしたら――その変わったお客さまというのは、それこそトラピスト修道院から、いらっしゃったのではないかと」

「な、なな、何ですってっ!?」

 祥子さまと令さまの悲鳴が見事にハモった。

「――というと、乃梨子ちゃん?」

 多少興奮気味のお二人をおいて、由乃さんが冷静に訊いた。

「その伺ったおりに、あちらの寺男さんが、どなたかと話をしておられたのを小耳にはさんだんです。――この寺はけっこういろいろな方もおいでだけど、さすがにキリスト教の方というのは珍しいなあ――と」

「それで?」

「そのときはたいして注意も払っていなかったし、もしかすると私のことかなと、気にもとめなかったんですが、よく考えるとそれはおかしい」

「乃梨子ちゃんを、――お嬢さんの後輩を名指すにしては、失礼な名指し方だということ?」

「いえ、そうではなくて。私については、仏像ファンで訪ねてきた女の子とか、お嬢さんの後輩とかいった風に見ることはあっても」

 そこまで聞いて、由乃さんが大きくうなづいた。

「ああ、そうか。寺男さんとかであれば、あなたについて〈キリスト教〉の方なんて見方はしないはずだと」

「そうです。リリアンの関係者ということを先に立てて考えないのが、むしろ普通だろうと思います」

 乃梨子ちゃんの言葉に、祥子さまは大きくうなづきながら、

「よく分かったわ、乃梨子ちゃん。つまり、志摩子のお父さまがおっしゃった〈変わったお客さま〉というのが、その〈キリスト教の方〉ではないかということね」

「はい。時期を考えても、その可能性が高いと思います」

「――ほら、ごらんなさい、令!」

「……うーん」

 そうすると、結果的には祥子の直感で正しかったのか、と令さまは腕を組んで考え込んでしまった。一方の祥子さまは目を生き生きと輝かせて、

「それで乃梨子ちゃん。志摩子自身については、やはり取り立てて思い当たることはないのね?」

「はい。それについては、なにもありません」

「そう。――それも志摩子らしいわね」

「と言いますと?」

「私たちにも、乃梨子ちゃんにも何も言わない。いいえ、場合によっては乃梨子ちゃん〈だからこそ〉言えない。――自縄自縛は、いかにもあの子らしいわ」

「〈らしい〉ですか?」

「――あ、それはいえるかも」

 あっけに取られた顔の乃梨子ちゃんをよそに、とつぜん令さまが復活してきた。

「なによ令、いきなり」

「いや、分かったわよ、悪かったわ。あなたの話に信憑性があることは認めるわよ」

「そう。それはどうも」

「それよりも、――場所ひとつをとっても、そうよ、祥子」

「場所、というと?」

「つまりシスターになるならリリアンでだってかまやしないのに、あれこれ難しく考えたあげく別の、それもわざと遠くの修道院を選ぶとか」

「ああ、そういうこと。たしかに、それも志摩子らしいわね。なのに、ことが発覚しかねない証拠品を持ってくる――あの〈人の良さ〉ったら」

「たしかに、そんな感じはあるわよ。志摩子には」

「あ、あの――」

 祐巳は口をはさもうとしたが、

「むろん既定ではなくて、まだ思案の段階なのかもしれないけど」

「でも祥子、先方からご挨拶にみえたのだとしたら、もう話が煮詰まっているかもよ」

「……あの、お姉さま、令さま」

「どれもこれも、ありえないこととまでは」

「断言できないわね」

「……ですからですね、お姉さま、令さま」

 祥子さまと令さまは二人だけで、どんどん話を進めていってしまう。――なんだか止めたほうがいいような気がする。

 だって、思えばこのお二人こそ、忘れもしない先だって五月に、志摩子さんと乃梨子ちゃんをめぐって大騒動を引き起こした、えっと、その、――

(おそれながら〈張本人〉でいらっしゃるわけで)

 結果的には〈終わりよければ全て良し〉だったけど、やっぱりやりすぎだった気がして仕方がない。

(さすがに今回も黙って見てるだけじゃ、志摩子さんに申し訳ないし)

 だいたい話の具合からすると、志摩子さんはむしろ、有無を言わさずお二人の手で修道院に放り込まれかねないくらいの勢いだ。

 とりあえず止めなきゃ。

(――あ、そうだ)

 そこではじめて祐巳は気がついて、

「あの、――お姉さま、令さま!」

 ちょっと大きな声を出すと、二人が議論を中断して振りかえる。

「――なあに、祐巳?」

「すみません、でも」

 肝心なことが置き去りになっているのではないか。

「そもそも、それは――何かいけないことなんでしょうか?」

 それが、志摩子さん自身の選んだ道ではないのか。

 それを議論することに、意味があるのか。

「むろん、それはいいの。でも何がいやといって――」

 祐巳の率直な疑問に、祥子さまはしばらく、言葉を選んでいるようだったが、

「つまり――〈不意打ち〉がいやなのよ。そう思わない?」

「あ……」

 思わず祐巳はこくんと首を縦に振ってしまった。

(志摩子さんがとつぜん、予告なしに目の前から消える)

 それは祐巳にとっても、決してうれしいことではない。――なぜ祥子さまがこんなに暴走気味、もとい一生懸命なのか、

(ちょっと分かったけど、でも――うーん)

 とりあえずは納得して、お互いにそのまま沈黙していたところへ、

「――あのさ、令ちゃん」 

「なに、由乃?」

 由乃さんは、というと、

「ちょっと分からないのよ」

 ――こちらはあんまり納得していないようだ。

「分からないというと、なによ、由乃?」

「そもそも志摩子さんが修道院に入るからといって、向こうさまからわざわざご挨拶に来る。こういうことって、そういうものなの?」

「え?――そういうものなの、って」

「ちょっと変でしょう、どう?」

「……うーん」

 今の今まで勢いのよかった令さまが、答えに詰まってしまった。

(由乃さんったら)

 暴走する令さまを、冷静な由乃さんが引き止める、――いつもと逆だ。

 そこへ祥子さまが口を開いて、

「由乃ちゃん。あなたのいいたいことは、例えていうなら、――会社に就職するからといって、先方の会社から家までわざわざ挨拶にやってくるというのも筋違いな感じで、すこし変だということ?」

「そうです、祥子さま」

「それは私も考えたわ。ただね、この場合は仕方がないと思うのよ」

 ――暴走する祥子さまは、冷静な由乃さんにも屈しなかった。自信たっぷりに、

「志摩子の場合は事情が特殊、複雑である以上、仕方がないのよ。先方もその辺を汲んで、わざわざおいでになったのではないかしら」

「でもご両親は、志摩子さんがシスターになりたいなら、場合によっては許す、という態度だそうですけど」

「由乃ちゃん。思うに、小寓寺のようなお寺の場合、おそらくより重要なのはご住職ご当人方よりも、むしろ〈檀家〉の意向よ。そうでしょう、令?」

「そうでしょうって、そういうものなの? よく知らないのだけど」

 令さまが首を傾げるのに、祥子さまは苦笑して、

「――そういうものなのよ、一般的には。いろいろ思惑とかもあるから」

「ふーん。まあ私の知る限りではこの件について、小寓寺の檀家にやかましい人はいないみたいだけどね」

「まあ、それはとりあえずいいわ。とにかく肝心なのは志摩子自身の去就よ」

「あの、――紅薔薇さま」

 そこへとつぜん口をはさんできたのは、――しばらく黙って聞いていた乃梨子ちゃんだった。

 

 

 

3、

 

「なあに、乃梨子ちゃん?」

「紅薔薇さま。大変失礼なことを、あえて申し上げますが」

「――いいわ、言ってちょうだい」

「やはり、それは、俗に言う〈余計なお節介〉ではないかと思います」

 乃梨子ちゃんの声は淡々としていた。

(――ちょ、ちょ、ちょっと)

 ちょっと、乃梨子ちゃん!

 ――聞いた祐巳は、思わず呆れて、口がぱかっと開いてしまった。

 乃梨子ちゃん、あなた、――「思います」のはいいけど、言うにこと欠いて、何てせりふをっ! 

 そ、そ、それも祥子さまに!

「――何よ祐巳、変な顔して。心配しなくても、怒ったりはしないわよ。私が乃梨子ちゃんに、言っていいといったのだから」

「い、いいえ、そういうことではなくて、さすがにいまの言葉は」

「かまわないと言っているでしょう。でもね、乃梨子ちゃん」

「はい」

「あなたも、この件については何も知らないのでしょう」

「はい」

「なら、あなたは心配ではないというの、乃梨子ちゃん?」

「いいえ」

「それとも、妹であるあなた以外の人間が志摩子を心配すること自体、余計なお節介だというの?」

「そういうことではありません。ただ」

「ただ?」

「私は――私のお姉さまは、藤堂志摩子さまは決して〈不意打ち〉はなさらないと思います」

「――しないと言い切れるの、乃梨子ちゃん?」

「はい」

 乃梨子ちゃんは祥子さまのお顔を真正面から見た。

「変な詮索なんてするまでもなく、私のお姉さまは遠からずご自分の意思で、ふさわしく決断なさるはずだから」

(――え?)

 祐巳は思わず祥子さまのお顔をあおいだ。

 祥子さまは、――何かちょっと不意を突かれたような、あっけに取られたお顔で乃梨子ちゃんを見つめていたが、――乃梨子ちゃんに続きをうながして、

 そして乃梨子ちゃんは、

「その〈ふさわしい決断〉が、紅薔薇さまや黄薔薇さまのご信頼や友情を裏切るような、〈不意打ち〉などであるはずがありません。だから、――すみません、でも、お二人のご好意は――ただの〈余計なお節介〉だと思うんです」

 そう断言したのだった。

 ――しばらくたって、令さまが息をついた。

「まあ、妹である乃梨子ちゃんがそこまで言うのだもの。間違いなく、そうなのよ。――それでいいわよね、祥子」

「――そうね」

「それにしても」

 令さまは言いさして、ちょっと含み笑いをすると、 

「乃梨子ちゃん。いちど訊いてみたかったのだけど」

「はい、黄薔薇さま」

「仏教徒とは言わぬにしても、仏像ファンのあなたにとって、志摩子の信仰とか、シスターになりたいなんていう希望は、そもそも理解の範疇にあるものなの?」

「理解の範疇、ですか?」

「それとも、志摩子のことであれば、理解できることも、できないことも、全て受け止められる、――そういう感じなのかな?」

 すると乃梨子ちゃんは、ちょっと目を細めて、

「ああ、黄薔薇さまのおっしゃることは分かりました。――いいえ、お姉さまがシスターにおなりになりたい、というご希望については、私は私なりに納得しています。つまり盲従しているわけではありません」

「というと?」

「顔です」

 乃梨子ちゃんはいった。

(――は?)

「なに、それ?」

「なに、それ?」

 祐巳と由乃さんは思わず異口同音に聞き返してしまった。

「だって――お顔が、いいえお顔以外も含めて、何もかもが――そっくりなんですもの、マリア様に――うちのお姉さまは」

「そっくり?」

 そっくりだろうか、マリア様に、志摩子さんが?

「はい。お顔がそっくりだから――だからシスターになるんです」

 それが自然です、それだけです――と乃梨子ちゃんは言い切った。

(……)

 もしかして、もしかして、もしかして――

(ものすごく――のろけられてるだけ?)

「ふ……ふふふ」

 とつぜん、祥子さまが口元をおさえて笑い出した。

「お姉さま」

「い……いいえ、ご、ごめんなさい、ふふふ」

 笑いが止まらないらしい。祐巳は目を見張った。

「いえ、だって……むかしね、先々代の白薔薇さま、つまり佐藤聖さまのお姉さまの口ぐせでね」

 そこでお姉さまは、小刻みに体を震わせながら、

「先々代さまは『なぜ、聖さまを妹にしたのか?』って聞かれると――、必ず、こうおっしゃるの」

 ああ、おかしい。――そういって、とうとう祥子さまは、おなかを抱えて座り込んでしまわれた。

「ちょ、ちょっと令、悪いけど私の代わりに教えてやってちょうだい、ふふふ……」

 こちらは妙に神妙な顔つきの令さまが、わざとらしくも、しゃちほこばった口調でおっしゃった。

「そういうことなら妹がた、知らずば言って聞かせましょう。先々代白薔薇さまの口ぐせを」

 ――『なぜ、聖さまを妹にしたのか?』と、問われて。

「先々代さまは、のたまったわよ――『〈顔〉が気に入ったから〈顔〉で選んだ』ですとさ!」

 何ですか、それは。

「〈顔〉よ〈顔〉、――ひょっとして、これが白薔薇さまの伝統かしら」

 いや、隔世遺伝?――祥子さまは笑いすぎてゴホゴホと、せきこんだ。

 

 

 

4、

 

 次の日の火曜日。同じく放課後のこと。

 舞台は薔薇の館の二階。祐巳と祥子さま、――そして乃梨子ちゃんと、志摩子さん。

 

「ええ、そう。トラピスト修道院の方々のお土産でいただいたのよ」

 志摩子さんは乃梨子ちゃんの問いに、あっさりと答えた。

「そうでしたか。しかしまたなんでそんな修道院の方々が?」

「あら、乃梨子。ひょっとして知らなかった?」

 ――私はまた父があなたに話したものとばかり思っていたわ、と志摩子さんは首を傾げた。

 乃梨子ちゃんも首を傾げて、

「ご住職が? いったい何でしょう?」

「あら、やだ。ひょっとして父は父で、私が話しているとでも思っていたのかしら」

「ご住職から伺ったのは、つい先だって変わったお客さまが北海道からみえたらしいということだけですが」

「みなさん、志村さんのホームページを見て、メールで問い合わせまでなさって、わざわざ観光コースでもないうちへいらしたのよ」

「え?」

「本当、思いがけない場所にも思いがけない方はいらっしゃるのね。リリアンの生徒なのに仏像ファンだ、――なんて可愛いくらいじゃないのかしら」

 志摩子さんは微笑んでいる。――

(なんだか)

 話がヘンだ、と祐巳は思った。

「――ああ」

 乃梨子ちゃんが手をうった。

「そういうことですか」

「そういうことよ」

 何がそういうことなんだろうか?

「紅薔薇さま、祐巳さま。――やっと分かりました」

 だから何が?

「みなさま、トラピスト修道院の方々が、何しにみえたか」

「――何しに来たというの、乃梨子ちゃん?」 

 祥子さまの問いに、

「仏像鑑賞にいらしたんですよ、みなさん」

(――は?)

 何だって?

「……ぶ、仏像鑑賞?」

 祥子さまが呆然とつぶやいた。

 ――そんな答えを誰が期待していただろうか?

「最近は宗教が違うといっても、信仰そのものにさしさわりがあると言うのでもなければ、そんなに細かいことはおっしゃらないそうですわ、祥子さま」

 建物の参拝や、仏像鑑賞ていどは構わないそうです。――志摩子さんの答えは明快だった。

「あ、――でも、志摩子さん」

「なあに、祐巳さん?」

「令さまから伺ったところでは、志摩子さんのおうちって、それこそ観光旅行とかでコースに入るようなお寺ではないのでしょう。どうしてそんなお寺に、遠方の方が」 

「それはね、ホームページよ」

「ホームページ?」

 乃梨子ちゃんが後をひきとって、

「私の以前からの知り合いで、仏像鑑賞の有名なホームページを開いている方がいらっしゃるんです。いわゆる〈通〉の間では、知らないともぐりだと言われるくらい有名だそうですが」

「乃梨子ちゃんのお引き合わせもあって、この前うちの本尊さまがそのホームページに載ったのよ、祐巳さん」

 ホームページ。――なるほど、距離は問題にならないわけだ。

「そのページでは、住所そのほか連絡先は伏せてあったのだけど、メールでていねいに問い合わせてこられたのに加えて、変わったお客さまだからと、わざわざ連絡してきてくださったの。それがご縁だったのね」

「修道院も最近はメールやインターネットくらい、常識というわけですか。おかげで意外な場所に、隠れ仏教徒ならぬ仏像ファンがいたと分かったわけですね」

「まったくね」

 志摩子さんと乃梨子ちゃんは顔を見合わせて笑った。

「つ、つまり、――ねえ、祐巳」

「ですね。――お姉さま」

 祐巳も祥子さまと顔を見合わせた。――笑えない。

 そうすると何か、要するに。

 〈トラピスト修道院〉の方々は、その――何とかのホームページを見て、志摩子さんのお寺へ〈仏像鑑賞〉にやってきたというのか!?

「そうですわ。ちなみにあちらの院長様も、これを機会に友好なお付き合いができればと仰せられたとか。修道士方からのご伝言でしたわ」

 うちの父はといえば、もともと変わったお客さま大歓迎という人間ですし、と志摩子さんはおっしゃった。

「あ、あら、そ、そう」

 祥子さまの額に汗が光る。それを見て、志摩子さんはふと眉をひそめ、

「祥子さまも祐巳さんも、お二人とも――どうしたの、変な顔して?」

 ちょっと困惑したようだ。

 祐巳は観念した。

「志摩子さん、トラピスト修道院に入るんじゃなかったの?」

「……え?」

 志摩子さんは絶句した。

 ――しばらくおいて、

「ふ、ふふふ」

「し、志摩子さん」

 昨日の祥子さまにつづいて、こんどは志摩子さんが、おなかを抱えて笑っている。

「そ……そういうこと……それで、ひょっとして……心配してくださったのね……」

 でも、無理よ、と息も絶え絶えの志摩子さんは言った。

「無理なのよ、私がトラピスト――この〈トラピスト修道院〉に入るのは」

「どうして?」

「日本に七ヶ所あるトラピスト修道院。そのうちクッキーやバター飴で有名な、函館のこのトラピスト、正式には〈灯台の聖母トラピスト修道院〉だけど」

 志摩子さんは、いたずらっぽい顔になって、

「――男子修道院なのよ」

「へ?」

「おいでになったのは〈修道士〉さんだって、いま言わなかった? つまりシスターじゃなくて〈ブラザー〉なの」

 むろん男子のお坊さんと尼さんが一緒の場所で修行するようなことはありません。――志摩子さんは口元に手をやって、またくすくすと笑いはじめた。

(えーと、えーと――だって)

 だって、修道院って……いや、だから〈尼さん〉のお寺だとは限らないわけで。

「そういえば北海道って、古いお寺はあるの、乃梨子?」

「お寺ですか。もちろんあります」

「でもむかしの北海道って、アイヌ民族独自の信仰が主流だったのでしょう?」

 いいえ、いちおう松前あたりには比較的古い寺も仏像も、あったりするんですよ、たとえば――とか何とか、乃梨子ちゃんと志摩子さんは話を始めた。

 思いっきり、なごやかなムードだ。

「あ――」 

 とつぜん風が窓から吹き渡り、机の上の書類が風に舞い、そして、――

「…………」

 ちょっと呆けた祥子さまは肩を落とし、――深々とため息をつかれて、そのとなりで、祐巳は黙々と書類を拾ったのだった。

 

 

トップ

マリミテSS

& SSS

パロディ

(銀杏鉄道)

パロディ

(銀英伝)

パロディ

(その他)

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送