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ベルサイユの紅薔薇

Rosa Chinensis de Versailles

 

 

「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

 さわやかな朝のご挨拶が、澄み切った青空にこだまする。

 三々五々に集まってくる乙女たちが、ふと立ち止まり、森の手前の分かれ道のそばにある御像の前で足をとめて、手袋を外した両手を合わせ、祈りをささげる。

「偉大なるロワ・ソレイユ――太陽王ルイ一四世陛下のみたまに栄光あれ、われらを守らせたまえ」――――と。

 たけり立つ駿馬に座し、左手は手綱を、右手で天を指さし、空中を睥睨したもう太陽王の御像は燦然と金色にかがやいて、朝日をも圧倒するように聳え立つ。その視線の先にあるのは巨大な森の向こう、悠然と鎮座する大王宮――ベルサイユ宮殿。

 見た目にはけがれなき乙女たちの、心に宿るは恋情か嫉妬か、はたまた憎悪に欲望か。ともあれその日の朝のベルサイユは、しかしいつもとは違う何かしらいつまでも静まらないざわめきに満たされていた。

 今日は待ちに待った日なのだ――――それを喜びにみちて迎えるにせよ、そうでないにもせよ。

 

 

第1話

ユミ・ラスカル! エビタイの運命(さだめ)

 

 

 

1、

 

 「ユミ、ユミ!」

「はぁーーい、今行きまーす!!」

 ベルサイユ郊外、フランス王国にその名も高いジャルジュ将軍の私邸――ジャルジュ家の朝は今日も騒がしかった。

「――なにやってんだよ、ユミ」

「うるさいわね、もうすぐよっ、あんたこそ乙女の部屋を勝手に覗き込むんじゃないわよ」

 部屋の入り口で腕組みするユウキ・アンドレは、なんだかとても偉そうでむかついた。

(自分だけ準備すませたからって、なによ)

 ユミは近衛の制服に腕を通しながら、ブツブツと文句をいった。

 もっとも頭ごなしに怒られるわけも分かっている。女子でありながらジャルジェ将軍の子として近衛隊長の職を拝命していらい、今日はおそらく最も重要な一日になるはずなのだ。わくわくして――眠れなかった。

 あわてて着替えを終えて飛び出す――横からいきなり大きな棒が突き出された。

「食ってけ、今日は多分晩方までモノを喰う機会はないぞ」

 ユウキが無愛想にパンの塊を差し出す――こんなのが弟だなんて信じられない。むかしはただの乳兄弟だとばっかり思っていた。ほんとの兄弟と知って――なんだか血のつながった〈男〉に、むかついた。

(――いけないいけない、たしかにユウキの言うとおりだわ)

 ユミは黙ってパンに喰らいつき、くわえたままで、

――あいあと

 モゴモゴと礼をいった。

 飲み込むとあわてて階段を駆け下り、玄関へ駆け出す。玄関前にはすでに二頭の乗馬が引き据えられていた。そのうちの手前の愛馬に飛び乗ろうとすると、

「ユミ、ユミ!!」

 お母さん――ジャルジェ将軍夫人が小さなフクロを手に飛び出してきた。これをもっていきなさい、とユミにそのフクロを押し付ける。

 「ではっ、ユミ・ラスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ、いってまいりまーす!」

 後ろも見ずに飛び出すユミあとからギャロップの音が追いかけてくる。見る間に黒馬が併走して、ユウキがユミの隣に並んだ。

「なんだ、それは?」

 ようやく街道に入ったところで、ユウキが訊ねてきた。

「さあ?―――」

 ユミは左手に握り締めたままの袋をふと持ち上げて、その表をながめた。

――KINUHIKARI キヌヒカリ印、とプリントしてある。

「小麦じゃないか」

「――みたい」

 ユミは袋を振った――パサパサと音がする。

「やっぱり、小麦みたいね」

「どうしろっていうんだ」

「――焼いてパンにする」

「どうやって」

「――行けばパン焼き釜くらいあるわよ」

「――行けばそもそも食い物くらいあると思うが」

 というか、そもそも食う時間がないだろうっていったのに、と舌打ちした。

「――いいじゃない、せっかくのお母さんの気持ちなんだし」

 ユミは大事にそれをしまいこみ、馬を急がせるべく拍車を入れた。

 目指すは首都パリ――ルーヴル宮殿。

 

 

 

2、

 

 ――ときに1762年、それまでながくヨーロッパの覇権を争ってきた二大国――ハナデラ王朝のフランス王国、そしてリリアン家の支配する神聖ローマ帝国オーストリア――の間に、平和条約が結ばれた。すでにこのころ、永年のフランスの宿敵たるイギリス、そしてオーストリアを間近から脅かす新興国プロシアの勃興著しく、両国の間には徐々に危機感が高まりつつあったのである。

 

 両国における恒久の平和を約束したそのM条約は、平和の証として第一条に次なる内容を明記していた。すなわち、オーストリア女帝たるマリア・ヨウコ・ミズノア陛下の皇女、マリア・サチコ・オガサワリア姫――マリー・サチコ・オガサワラット・ジョゼファ・ジャンヌ・ド・ロレーヌ・オートリッシュ殿下をして、フランス国王ルイ15世陛下のご嫡孫にして王太子殿下モンセニョールにおわします、親王ルイ・スグル・カシワギラス・オーギュスト・グザウィエ・ド・フランス殿下の妃たらしむるべく、ただちにご婚約の儀をあい整えるべし――と。

 

 そしてついにその日がきた。

 

 女帝マリア・ヨウコ・ミズノアは当面の留守を夫君、名義上の神聖ローマ皇帝であるロレーヌ大公フランツ殿下に任せ、その息女サチコ姫を伴い、文武百官の廷臣を従えて、当面の滞在――場合によっては数年――を見込みながら、婚約の儀のためにみずから遠路はるばるフランスへ乗り込んできたのである。その最後の宿所がパリの中心に立つハナデラ家旧王宮・ルーヴル宮――

 

 この朝、出迎えに出たフランスの大小使臣と、そして近衛部隊に護衛されて、いよいよ女帝一行は最終目的地、郊外なるベルサイユ大宮殿に向かうこととなっていたのであった。

 

 なお使臣たちがベルサイユから早朝じかにルーヴル宮へおもむくことになっていたのに対して、近衛部隊はすでに前日からパリに泊まりこんでいた。ただし国王からじかに指令を受ける必要のあったユミだけが、昨晩までベルサイユ宮殿に出仕ののち、私邸に泊り込んで朝を迎えたというわけだった。

 

 

 

3、

 

「隊長!」

「おそいわよっ!!」

「ごめんなさーい!」

 ルーヴル宮殿前庭――玄関前はきらびやかな服に身を包んだ廷臣たちや、いかめしくも銃を捧げつつにした護衛兵たちで一杯だった。

 人々を掻き分けて玄関前に至ったユミとユウキは馬を乗り捨て、階段を駆け上がった。上のテラスには副官のカツラ大尉と、宮廷画家のツタコ・タケシマンさんが待ち受けている。

「近衛隊長のあんたが連れて行ってくれないと、さすがに私の身分じゃ上つ方の前にはのこのこ出られないのよ、分かってるでしょうに、ユミ・ラスカル・フランソワさん!」

 ツタコさんがいらいらと足を踏み鳴らす。ユミはその前に深々と頭を下げた。ここからベルサイユまでの道中をただちに絵にして国王に披露しなければいけないツタコさんは、事前に女帝と姫君への私的謁見を求めていた。あらかじめ顔を見てデッサンさえとっておけば、後はすでに出来上がった風景画にに姿を書き込んで完成して終わりなのだ。

 ユウキがカツラ大尉に問いただす。

「で、部隊の様子は」

「すでに準備は整っておりますわ、ユウキ・アンドレ殿。ただ―――」

 カツラ大尉がくちごもった。その声の調子にユミは後ろを振り返った。

「どうしたの?」

「されば……すでにご出立の刻限が迫っておりますのに、いまだ近侍のどなたからも、出御のご案内がござりませぬ」

 ――なるほど、あらためて見渡すと集まった廷臣たちはがやがやと、無秩序に集まって騒いでいるだけだった。

「誰も確かめには行っていないのか」

「はい、われらの身分では、さすがに御前には――」

「わかったわ、じゃあ行って訊いて――伺ってきます、ユウキとカツラ大尉は、いつでも出立できるよう、準備しておいてちょうだい。ツタコさん、いっしょに来て」

 ユミは玄関をくぐった。通い慣れた廊下を奥へ向かって進んでいく。

 

 

 

4、

 

 御座所に当てられた部屋の前には、無用心なことに一人の侍従も女官も控えてはいなかった。みな出払って、出立の準備にかかっているのだろう。

 肝心な方々はどうなさったのか――

「ユミ・ラスカルさん」

 とつぜんの声にユミはハッとなった。振り返るとそこにいたのは、

「驚いた、シマコさん」

 衛士隊長のシマコ・トウドノアール女伯爵だった。近衛隊のライバル――といっても別に対立しているわけではなく、さりとてさして親しくもなかったが、シマコ伯爵はいつも穏やかな笑みを浮かべた美少女だった。

「――あ、そうか。シマコさん、お出迎えのお役目、ご苦労さまでした」

 シマコ伯爵はもう何日も前に、衛士隊を率いて国境まで、女帝の一行を出迎えていたのだ。その伯爵がツタコさんと会釈を交わしたあと、

「今来られたところなの?」

と問われてユミはちょっと、遅刻を責められているような気になったが、シマコさんは別になにを含んでいるわけでもないのか、

「ちょうどよかったわ。私もそろそろお出ましを乞おうと思って参上したのよ。ユミ・ラスカルさんのほうもこのままじゃ困るわよね」

「なにかあったの、シマコさん?」

「さあ? こちらも何の音沙汰もなくて、いいかげん隊員達がくたびれてきたから、ご様子をうかがいにきたの」

 唐突に中から人の声が聞こえてくる――

「横暴よっ、いじわるっ!!!」

(――へ?)

 なんなんだ、いまの声は。ユミは首をかしげた。この分厚い扉を通り抜けて聞こえてくるとなれば相当な大声だ。身分の高い人間にとってはこの上なく無作法な行為である。しかも「いじわる」とは。かりにもオーストリア女帝陛下や姫君の前でそんな無作法が――

「わかりましたわよっ、ええ、なんでもしてやるわっ!!」

 バタン!!!

「うわっ!!」

 とつぜんドアが開いて、中からひとが飛び出してきた。ちょうど扉の前に立っていたユミの目の前に、鮮やかなドレスと髪飾りの色がブワッと広がって――

「ちょ、ちょっと、ユミさん!!」

「ユミ・ラスカルさん!!」

 ――ツタコさんとシマコ伯の声が聞こえる。

 ユミは床に仰向けにひっくり返った。おしりをしたたかに打って、思わず声が漏れた――それに上にかぶさったドレスのコルセットが痛い。

 ドレスの人物がゆっくりと身を起こした。そのままペタン、と座り込んでしまう。ユミがうめきながら上半身を起こすと、目の前の人物は、長い黒髪を左右にゆらゆらと揺らしながら、首を振っているところだった。こちらはこちらでダメージを受けたらしい。

「――皇女さま」

 シマコ伯の声がする。

(―――え?)

 みると女伯爵が膝をついていた。ふかく頭をたれている。ツタコさんが呆然と立ちすくんでいた。

 ――――いかにもリリアン家の血筋らしい、凛然とした目もと涼やかな美少女、サチコ・オガサワラット皇女殿下は、まだ首を振っていた。ぶつかった衝撃で焦点が合わないらしい。

「――なんということ」

 扉の向こうから声が聞こえる。顔を上げると、部屋の入り口には心配そうな顔で詰め掛ける廷臣や女官たち、そのむこうの部屋の奥には金縁の天幕――リリアン家の〈双頭の紅薔薇〉が鮮やかに縫い取られている――、その下の背の高い椅子に、金冠を飾った女性が悠然と座っていた。

――オーストリア女帝陛下!!

 ユミはあわてて顔を伏せた。立とうとするが、腰が痛くて立ち上がれない。

「これ、何をしていやる。たれか手を貸してとらしや」

 女帝陛下のお声が聞こえた。おたおたしていた廷臣があわてて飛び出してきて、ユミを立ち上がらせた。みると女官たちがおなじくサチコ皇女さまを立ち上がらせて、ほこりを払ったり身の飾りを整えたり、忙しく立ち働いている。

 ――皇女さまがふと顔を上げ、目が合った。

「あなた」

皇女さまが仰せられた。

「――あなた、そこのあなたよ」

ようやくユミは気がついた。

「あの――わたしのことでしょうか」

まだ名も名乗らず、ご挨拶もしていないのに――

「呼んでいるのは私で、呼んだ相手はあなた。間違いなくってよ」

――ああ、われながらなんと無作法な。お父さんやお母さん、それにユウキに見られたらなんていわれるか、ああ、ジョルジュ家末代までのの恥さらし――

 ユミの頭の中で、貴族社会からはじき出され、路頭に迷う一家の姿がぐるぐると回り始めた。声が出ない。たくさんの視線が突き刺さってくるようだ。

「――面白い顔するわね」

(――はい?)

 それは私の顔のことでしょうか。ユミは呆然と皇女さまのお顔を見た。抜けるように白い顔、深い黒の双瞳――そのひとみの中に自分の顔が映っているのに気がついて、ユミはドギマギした。

(――これ、アライグマかな――ううん、タヌキだ)

 それは子供のころに経験した、忘れもしない、貴族の習慣であるキツネ狩りの時に見つけた――あのタヌキの顔だった。

 皇女さまのお目にはきっとタヌキみたいに映っているに違いない。

「――マリー・サチコ! 他人にぶつかっておきながら、何を突っ立っているのです!」

 とつぜん、女帝陛下のお声が響いた。

 サチコ皇女さまはハッとした顔つきになり――、

「あなた―――そう、あなた、ごめんなさい、だいじょうぶ?」

 侍女たちの手を振りはらい、皇女さまが近づいてきた。

 動けない――皇女さまのお顔がすぐ目の前で、ふと澄んだ二つのお目が細くなった。

「あら、あなた――」

 すっと、ユミの首の後ろに両の繊手がのびて、ユミは思わず目をつぶった。すくんだ首に、手が触れる。

「――タイが、曲がっていてよ」

――はい?

 皇女さまはなんと、ユミのタイを直してくださっていた。

 大きな張り出した胸が――ユミのあごにあたる。

 あごをなでられて

(――どきどきしてるよ、わたし)

 ユミは赤くなった。

「――本当におもしろい顔するわね」

 皇女さまは微笑なさると、

「身だしなみは、いつもきちんとね。マリア様が見ていらっしゃるわよ」

 皇女さまは後ろを降りむいて、椅子に座ったままのお母さまのほうを見やった。

 ――ヨーロッパに咲き誇る偉大なる紅薔薇、リリアン家の女帝、マリア・ヨウコ・ミズノア陛下は、じっとこちらを――黙ってみつめておいでだった。

 

 ああ、それにしても。

 皇女さまに――タイを締めていただくなんて、何という栄誉。それもフランス王国中で、きっといちばん最初の栄誉だ。

 これもぶつかったおかげだ。藁しべでお金持ちになるような幸運、いやエビで――タイを釣ったようなものだ。

(――エビ――タイ、エビタイ?――は、いいのだけど――)

 

 ――でも身づくろいなんて、それはふだんは侍女たちの仕事のはずだ。

(い、い、――――――――――息が)

 皇女さまが慣れない手つきでお手ずから締めてくださったそのタイは――ちょっときつすぎて、ユミは息苦しかった。

 手をバタバタさせたが、誰も気づいてくれなかった。

(こ、こんなところで)

――――最期を、とげるなんて。

 涙がにじんで、近衛隊長ユミ・ラスカル殿は、その場にぶっ倒れた。

 

(第二回『舞へ舞へ オーストリアのカタツムリ』に続く……かなあ?)

 

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