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新わらしべ長者 1000年女王

Rose Millenia

        

第1話

1999年9月9日零時9分9秒のラーメン

  

 

 

 

私は今 永い眠りから

目覚めようとしている

 

あなたの瞳に私が映るとき

1000年に一度の

つかの間の――春が来る

 

  

 

 

 ――それは、忘れもしない世紀末。

 1999年の、生暖かい春の日の晩だった。

 

「どっ、どどどど」

 んが、んぐ。――雨森祐巳は、ごはん粒を思わずのどに詰まらせそうになった。それを何とか飲み込んで、

「道路工事?」

「そう、道路工事だ」

 テーブルの向かいでお父さんがうなづいた。

 お母さんが、

「道路工事と、それに区画整理とで、このあたりも全部立ち退きになってしまうの」

「しかも祐巳も知ってのとおり、お父さんも、今度海外での大きな仕事が控えているからね。この際いっそ家を引き払って、お母さんも一緒に、しばらく先方の国へ行こうじゃないかという話になったんだ」

 ちなみにお父さんは〈雨森設計事務所〉という事務所を構える設計士さんだ。祐巳は訊き返した。

「じゃあ、私は?」

「今さら学校を移りたくはないだろう。まして海外なんてなあ。というわけで、おまえの叔母さんのところで預かってもらってはどうかと思うのだが」

「叔母さんって――山百合山(やまゆりやま)天文台の祥子お姉さまのこと?」

 祥子お姉さまこと、お父さんの妹、祥子叔母さまは世界的な天文学者で、いまは山百合山天文台の所長として活躍していらっしゃる。自分の叔母ながらとても若く見える、きれいな人だ。〈お姉さま〉と呼べというので祐巳はいつも〈祥子お姉さま〉と呼んでいる。

 ――あの〈お姉さま〉と、二人で暮らす?

(うーん)

 祐巳は腕を組んで考え込んだ。

 

 ――次の日。

(うーん)

 下校途中も、祐巳は歩きながら腕を組んで考え込んでいた。

「……どうしたの、雨森さん。雨森祐巳さん?」

「え……あ、あなたは」

 ひょいと顔を上げると、目の前にジーンズ姿のすらりとした女性が立っていた。ショートカットの頭にバンダナ代わりのタオルを巻き、手にはラーメン屋の岡持ちを持っている。

「どうしたの、ぼんやりして」

「あなたは、たしか――三色ラーメン堂のお姉さん」

「――私の名前は、蟹名静よ」

 そういって涼しげな顔立ちのお姉さんは、やさしく微笑んだ。

 三色ラーメン堂は、祐巳が時々友達と立ち寄るラーメン屋さんだ。そこのお姉さんの顔を祐巳が覚えているのは、大変きれいな人だからということもあるのだが――、

「もう、騙されませんよ、黒いラーメンだなんて」

「ふふ……手厳しいわね」

 忘れはしない。はじめて入ったときのことだ。

 メニューを見ると〈特製ラーメン〉というページがあって〈紅いキネ・ラーメン〉〈白いギガ・ラーメン〉〈黄のフェチ・ラーメン〉、それに〈カニーナ・ラーメン〉と四つの名前が並んでいる。

(紅、白、黄色で、店の名前が〈三色ラーメン〉なのかな)

 しかし写真がないので、紅とか白とかいっても、何が何なのか、よく分からない。水を持ってきてくれたウェイトレスさんに尋ねると、そのウェイトレスさん――それがこのお姉さん、ラーメン屋の娘さんだった――は、

「色はスープと麺の色なの。紅は鉄分豊富な豚の血入り、白は思い切って精力満点でタラの白子入りの牛乳、黄色はサフランにウコン茶色素もサービスして健康抜群」

「…………。それじゃ〈カニーナ〉っていうのは何ですか?」

「聞きたい?」

「……お願いします」

「黒、イカスミ入りよ。エキゾチック中華、プラス・ラテンでスペイン風ね」

「……特製ラーメンじゃなくていいです」

 全部思い切って大嘘だと知ったのは、次の日クラスメイトに話して笑われたときだ。ちなみにカニーナ・ラーメンというのは、トリさんと豚にカニのエキスを加えて、ゆっくり出汁を取ったタンメンっぽいスープで、薄いピンク色だそうだ。カニーナ――蟹名――というのは、お店の経営者の名前だとも教えてもらった。

 ――その蟹名さんの娘、静お姉さんは、そんなこんなを全部思い出した祐巳の顔を見て含み笑いしながら、

「そうそう、よければその黒くないラーメンでも食べていかない? 今日は、お近づきの印におごるわよ、祐巳さん」 

「お近づき?」

 そういえば、なぜお姉さんは祐巳の名前を知っているのだろうか。名乗ったという記憶はないのだけど。

「祐巳さん、もう少ししたら山百合山天文台でお世話になるのでしょう?」

「ええええっ! な、なぜそれをっ!?」

「私ね、少し前から天文台で職員のアルバイトをしているの」

「え? どうして、また?」

「天文台はうちのお得意さんで、私もしょっちゅう出入りしているの。そのご縁で、雇ってもらうことになったのよ」

 その折に姪御さんの、祐巳さんのおうちとご近所だということで、あなたの事情も所長さんから伺ったのよ。――三色ラーメン堂のお姉さんはいかにも楽しそうに笑いながら、

「でもまさか顔見知りだとまでは思わなかったと、驚いてらしたわ」

 ――下校途中の寄り道を知られてしまった。それもあのお姉さまに。

「だいじょうぶ、そんなびくびくした顔をしなくても、――寄り道の買い食いくらいで、怒ったりはなさらないわよ」

 見抜かれているらしい。

 と、お姉さんは岡持ちを持ち上げて、

「だいたいこれは、その所長さんのご注文だったの。今はその帰りよ」

「――え!? さ、さ、祥子お姉さまが!?」

 あのお姉さまが、ラーメン!?

「そうよ。所長さんが召し上がると、何かおかしいの?」

「はあ――それは、つまりですね……」

 あのお姉さまにはおよそ似合わないのだ。――ラーメンとか牛丼とか立ち食いそばとかハンバーガーとかは、絶対に。

 お若い頃から学問ひと筋で、そういった下世話なものとは付き合いのない祥子さまは、あるとき何の気まぐれでか、ハンバーガーショップに立ち寄った。

 ところがセルフサービスというものをご存じないお姉さまは、カウンターに行かず半日の間、客席で店員が注文を取りに来るのを待っていたという、つわものなのだ。

 あげくのはてに、不審に思ってたまたま寄って来た店員に、次第を聞き、

「私は客よ。この店では、わざわざやってきた客に注文を取るどころか、カウンターに並ばせ、待たせ、自分で席まで運ばせて、あげくに後片付けも全部客にやらせるというの?」 

 大変なお怒りだったというのは、今もなお、天文台で語り継がれる伝説だったりする。

 ――そのお姉さまと、二人で暮らす?

 

(うーん)

 そこなのだ、問題は。

 うるわしの、憧れのお姉さまと一緒に暮らせるのはうれしいのだが、先の見通しが多少怖い。――そういう気持ちがあるのも事実なので。

「そう、そんな心配があるの」

 祐巳が途切れ途切れに打ち明けた言葉から、お姉さんはだいたいのところを察したらしかった。そして、

「でも、そんなに気に病む必要はないわよ」

 お姉さんはなぐさめてくれた。

「――そうでしょうか、お姉さん」

「そうよ。あのね、祐巳さん。わたし、なぜ所長さんがラーメンをうちに注文してきたか、祐巳さんの話で分かったような気がするの」

「どういうことでしょうか?」

「所長さんはね、祐巳さんがときどき、うちによってラーメンを食べていくという私の話を聞いて、それで関心を持ったんじゃないかと思うのよ」

 祐巳は思わずお姉さんの顔を見上げた。

「だから――ね、所長さんは所長さんなりに、あなたに歩み寄ろうとしていると思うのよ」

 心配することはないわ。――静さんは手に持った空の岡持ちを、左右に軽く振った。

「そう……でしょうか、お姉さん?」

「そうよ、心配することはないわ。きっと、所長さんは」

 お姉さんは少し腰を落として祐巳と同じ視線になり、顔をのぞき込むと、

「きっと――きっと三食全部、ラーメンにしてくれるわよ」

「…………は?」

 何を言ってるんですか、お姉さん。

「朝はうちの紅、昼が白、晩は黄色、おやつはカニーナでどうかしら? 所長さんにもちゃんとお勧めしておいたのだけど」

「え?――お、お姉さん、お勧めしたって」

 だから何を言ってるんだろうか、この人は。

「むろん普通のチャーシューやワンタンメンなんかもだいじょうぶよ、うちは」

「そ……そこまでしてラーメンと心中する気はないです」

「だいじょうぶよ」

 何がだいじょうぶなんですか。――お姉さんは自信ありげに答えてくれた。

「私が職員としても出入りする以上は、遅くとも半年以内、――そう、1999年9月9日零時9分9秒までには山百合山天文台の職員の三食を、必ずうちのラーメンにしてみせるわ」

「は?――あの、えっと、――何ですって」

「だから、1999年9月9日零時9分9秒までに山百合山天文台の職員の三食を、うちのラーメンにしてみせるっていったの」

「何なんですか、お姉さん。そのやたらと細かい数字は?」

 というか、零時まではまだいいとして、そのオマケの9分9秒に何の意味が?

「半年以内って言ったでしょう。細かさは、――そう、その決意表明よ」

 お姉さんはふと、謎めいた微笑を浮かべて、一瞬言葉を止めたが、

「とにかく、所長さんがその気になった分には、祐巳ちゃんの三食も決まったようなものだわ。いまさらうろたえる必要もないわよ」

「…………」

 祐巳は答える言葉を失った。

(あの、お姉さまなら)

 ――やりかねない。しかし、

(三色ラーメンを三食?)

 冗談じゃない。頭からラーメンが生えてくるのも時間の問題だ。

 困った。

 ――困りきって、道の真ん中で動けなくなった祐巳に、

「――また、お会いしましょう、祐巳さん」

 お姉さんはそう言って、おうちの、――ラーメン屋の方へと去っていった。 

 

 ――けっきょく道の真ん中にに突っ立ったまま、考えていても埒があかなかった祐巳が、とぼとぼと家に帰ると、

「遅かったわね、祐巳」

 祥子お姉さまが来ていた。

「あ……お姉さま、お久しぶりです」

「まだ高校生なんだから、あまり寄り道していてはダメよ。――あら」

 祥子さまは祐巳に近づいてきて、

「ほら、またタイが曲がっているじゃないの」

 そう意って祐巳の制服の胸元に手をかけると、タイの形を整えながら、

「もう少し身だしなみには気をつけないとね。うちへ来ると外部の人間の出入りが多いから」

 ――祐巳が世話になることは、すでに規定事項らしい。

(あ――えっと)

 祐巳は訊いてみた。

「お姉さま、晩ごはんはどうなさったんですか?」

「今日はもう早めに食べたの。――ラーメンだけどね」

 そう言ってちょっと恥じらった顔をする。――つっか、

(やっぱり、お姉さんの言ったことは、本当だったのか!)

 ああ――本当にラーメン食べたんですか、お姉さま。

「ひょっとして三色ラーメン堂のラーメンですか?」

「あら。――静くんに聞いたの?」

 じゃあ彼女がうちの職員のバイトをしているというのも、知っているのね、――と祥子さまは察しよく言って、それで祐巳はついでに、訊かずにはいられなくって、

「あの、お姉さま」

「なに?」

「ラーメン、おいしかったですか?」

「――悪くはなくってよ。あなたも、好きなのでしょう?」

「好きですけど、でも――毎日毎日三食というのは、ちょっと、いいです……」

「え?……祐巳、あなた、三食ともラーメンがいいの?」

「いや、じゃなくて、そこまで必要ないってことで」

「それはそうでしょうね。私もさすがにそこまで食べたいとは思わないわ」

 ――何か話が違う。

(ひょっとして――また騙されたの?)

「食べたいなら、あなただけそうしてあげてもいいけど。どうせ毎日、職員の誰かが出前のお世話になっているみたいだし、あなた一人分くらい増えてもどうということないわよ」

「い、いいえ、遠慮します!」

 祐巳は首を激しく横に振った。まったく、とんでもない。ヤブヘビもいいところだ。

 ここで徹底的にことわっておかないと、どうなるか知れたものではない。

 

「まあ。――むろん冗談よ」

 次の日、同じく下校途中に出会ったお姉さんはそう言って笑った。――やっぱり、からかわれたのだった。

「ひどいじゃないですか」

「だって祐巳さん。もう結構長いお付き合いなのに、私の名前さえ、全然知ろうともしてくれなかったのでしょう?」

「え?」

「ささやかな報復よ。――昨日だって『お姉さん、お姉さん』って」

「……」

 今日からは名前で呼んでね。――お姉さん、静さんはそう言うと、

「でもいままで、全然気にもかけてもらえなかったなんて、――私、やっぱり影が薄いのかしら」

「――いいえ」

 とんでもございません。

 本当、お見それしておりました、静さん。

(――というか)

 もし天文台にお世話になった日には、お姉さまに加えて、

(この静さんとも毎日、お付き合いすることになるのだろうか?)

 平穏な生活って、何だったっけ。

「――なあに?」

 背筋を伸ばした静さんは、祐巳に向かって微笑む。

 上品な微笑みは、静さんの昨日と同じ格好、――手に持った岡持ちや、バンダナ代わりのタオルと、奇妙によく似合っていた。

(やっぱり――きれいな人だな) 

 少し見とれながら、祐巳はそっとため息をついた。

 ――うれしいため息か悲しいため息か、自分でもよく分からなかった。

 

(第2話に続くか)

(to be continued or not)

 

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