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真夏のジーンズ

A Midsummer's Cut-off Jeans

 

 

 

1、

 

 カシャン!

 由乃はティースプーンを派手に取り落とした。

 同じタイミングで令ちゃんが水をのどに詰まらせる。志摩子さんはカップを手にとった姿勢で固まる。祐巳さんはポカンと口を開けた顔で凍りつき――砂糖入れに手を伸ばしかけた乃梨子ちゃんだけが、かろうじていつものポーカーフェースのままに見えた。

「遅れて、ごめんなさいね――」

 喫茶店の一角。由乃たちを見つけた祥子さまが足早に近づいてきた。駆け足でここまで来たようで、すこし息せき切った感じ。

「ちょっと……途中で手間取って」

 いえ、それはかまわないです。どうせみんな、祥子さまを待ちがてら午後のお茶でも楽しみましょうね、くらいの雰囲気でしたので。

 それより祥子さま、あなたのそのお姿は。

「カ、カ……カットジーンズ?」

 水をごっくんと飲み下した令ちゃんが、ぜいぜい息をつきながら言葉をしぼり出した。

 そうそう、あれは確かそういう名前だった。カットオフ・ジーンズ。ほつれた糸をそのままワイルドに、ジーンズの股下から思い切って短く切り落とした、ショートパンツの呼び名だ。

「やっぱり似合わないのかしら」

 今日はラフな格好の方がいいかと思ったのだけど――そう言って、祥子さまは眉を曇らせた。

「……いいえ、よくお似合いですわ、紅薔薇さま」

 容器に手を伸ばした姿勢のままで、乃梨子ちゃんが静かに答えを返した。

 なるほど、確かによくお似合いではあった。

 上半身はブランド名のロゴだけが入ったシンプルな、白いTシャツ。かなめのカットジーンズの色は、オーソドックスにインディゴ・ブルー。膝から下はダークブラウンのロングブーツでタイトに覆われている。

 残暑の厳しいこの季節には見た目にも暑苦しいはずのブーツを含め、どのアイテムも祥子さまのスタイルのよさを際立たせてピタリときまっていた。

 ボーイッシュな装いにつつまれた、丈なすみどりの黒髪の、お美しい小笠原祥子さま、しとやかな紅薔薇さま――

(というか、問題はそこよ)

 ボーイッシュで、しとやか。

(いやむしろ清純な、えっと――そう、アバズレ?)

 由乃は思わずヘン、かつ死語で、かつ失礼極まりない言葉を連想してしまった。

 とにかく、トータルするとお美しい――けれど、同時にあまりにアンバランスなのだ。

 両腕も大腿部も、へたするとお腹や何かまで丸出しという勢いの、祥子さまのお姿をたとえるならば、いずこかの女王陛下か宮家の妃殿下が水着姿でカメラの前にお出ましになったような――違和感のかたまり。

 なるほど誰もが目を引かれずにはいられない。でも同時に、耳のすぐそばで不協和音が鳴り響くような、言いようのない居たたまれなさに襲われて。

 そう、見てはいけないものを見ている気になってくるわ。

(何というか、いっそ牛車に乗って十二単でお出ましくださるほうが、まだましよ)

 少なくともみんなも、こんな具合にはうろたえないだろう、と由乃は思った。

 いや、まあ、みんなといっても乃梨子ちゃんだけはさっきから落ち着いてるみたいだけどね。

 祥子さまとのお付き合いも日が浅いわけだし、この光景の異様さに気づいていないのかも――って、

「ちょ、ちょっと乃梨子ちゃん、それ塩!」

「え? あ、本当――ありがとう、由乃さん」

 言いながらそのままパラパラと紅茶に塩を振る。こちらも見た目ほど冷静ではなかったらしい。

 つまるところ、目にも鮮やかに美しい〈カットジーンズ・祥子さま〉の襲来は、ご本人をのぞく山百合会メンバー全員に、思いもよらぬ恐慌を巻き起こしたのだった。 

 

 

 

2、

 

 夏の盛りの校外で、山百合会のメンバーがわざわざ集まったのは先日、いうところの〈不慮の事故〉で中止になった、花寺生徒会との非公式会合を、あらためて開くためだ。

 どうせ彼らを公式にリリアンの中へ招き入れる日も間近なのだが、前回失礼した花寺の面々へのお詫びも兼ねてという名目で――もとい実質は祥子さまのリハビリと、ご本人を含めて全員が納得しているわけだけど。

 ただし急のことだったから、向こうは祐巳さんの弟の祐麒さんを含め二、三人しか都合がつかず、それも今しがた、さらに遅れるという連絡があったばかりだった。

 まあ、それはさておいて。

 祥子さまがオーダーを済ませると、祐巳さんが恐る恐る口を切った。

「お姉さま、そのお召し物は……ひょっとしてまた、おうちのおじいさまが?」

「ええそうよ、また買ってきてくれたの。この前は普通のジーンズだったけど、デザインが同じではなんだから、少し変わったのもよかろうと、ついでにこのブーツやなんかも」

 おじいさま? おじいさまというと、小笠原家のご当主だわね。

 しかし小笠原グループの当主がジーンズを?

 それもこんなキワモノを?

 それも自分の孫娘に買ってきた?

 ――どういうご老体だ。

(大丈夫か、小笠原家)

 日本経済の先行きが心配だ。

 祥子さまがまた眉を曇らせた。

「やっぱり似合わないのかしら」

「そ、そんなこと!! ぜったいにないです!!」

 間髪をいれず、祐巳さんが力いっぱいお答えした。今にも鼻血を吹きかねないくらい、血がのぼって顔が真っ赤だ。

(おいおい祐巳さん、なんか変なこと考えているようにみえるよ)

 由乃が思うかたわらで、ようやく呪縛から解けた志摩子さんが、

「……私もそんなことはない、よくお似合いとは、思いますけど――どうしてですか?」

「家を出る間際に優さん――従兄に出くわしたの」

 優さん、従兄って――ああ、ギンナンの柏木王子さまね。

「何もいわずに目をむいて、まじまじとこちらの上下を眺めていたかと思うと、そのままくるっと反転して行ってしまったわ」

 ここに来る途中も誰彼となく、じろじろ見られるし、と祥子さまはため息をつかれた。聞いて令ちゃんがなんともいえない顔で額をおさえる。

「見られるってあなた、それは――そうでしょうよ」

「やっぱり似合わないのかしら」

「――いや、似合わないとかいうのじゃなくてね……」

 言いかけて令ちゃんは口ごもった。由乃は声に出さずに後を続ける。

(そりゃあなたが、よりにもよってそんな露出放題のお姿でノコノコ表を歩いていらしたら、いやがおうにも目立ちに目立つと思います、祥子さま)

 そういえばかつての大名家のお姫さまというのは、着替えまで他人任せが普通で、そのため裸を見られたりするのは案外平気だったという――時代小説でならいおぼえた知識を、由乃はいまさらに思い出した。

(まあなんというか――さすがは祥子さまって思うべきなのかなあ……)

 みんな押し黙って、沈んだ空気を払いのけるように、とつぜん乃梨子ちゃんが祥子さまに質問した。

「いまおっしゃったイトコって、たしか――柏木さんとかおっしゃる方ですか?」

「ええそうよ、乃梨子ちゃん知ってたの?」

「……お噂だけ、ちょっとこの前うかがいました」

 婚約者で同性愛者だそうですね――とまでは、さすがに口にしない。

 それにしても祥子さまのこの素足は、世の男性たちには目の毒もいいところだろうが、柏木さんが何も言わずにきびすを返したというのは単にあきれたのかしら。

(それとも柏木さん的には文字通りただの毒だったとか)

 われながら意地の悪いことを考える。でもアブノーマルさんの生理なんてよく分からないし。それにこちらはそもそも兄弟にも従兄弟にも、男子に縁がないのだし。

(そうだ、弟持ちの祐巳さんなら少しは見当つくかな)

 えらく失礼な連想で由乃は祐巳さんの顔を見て、

(――うわあ)

 祐巳さんの百面相ぶりはいつものことだけど、今日はそれがことさらに凄い。

 しかも色付きだ。見る見るうちに赤くなったり青くなったり、変転自在。

 顔の色を変えながら、首とツインテールが左右に揺れる、その様子は、

(えっと――リンゴか?)

 赤リンゴ、青リンゴ――リンゴが風に吹かれて揺れる。由乃は吹き出した。

「えっ、な、な、な、なに、なに、由乃さん?!」

「祐巳さん、あなた――さっきから何か変なこと考えてない?」

「えっ、な、な、なななにを、なにをいうの由乃さん!!」

 うろたえて顔が真紅に染まる――図星らしい。本当に分かりやすい。しかし何を考えていたのやら。

 具体的に考えるのはちょっと怖い気もする。

 祥子さまが令ちゃんにたずねた。

「ところで、祐麒さんやお友達のお姿が見えないけど」

「あなたが来る少し前に、この店まで連絡があったのよ。ちょっと学校に寄る必要があるので、申し訳ないけど少し遅れるんですって」 

 今どきさすがに珍しいのだろうが、実はリリアンでは少なくとも高校生以下だと、携帯は構内に持ち込まないし、あるいはそもそも持っていなかったりさえする。

 別に校則があるわけではないのだけど――まあそもそも誰も持ち込もうとしないので、とりたてて禁じる必要がないのだろうと思う。

 ちなみにあちらは祐麒さんの連れが携帯持ちで、先ほどかかってきた時、念のために番号を控えておいたのだ。

 由乃は祥子さまに聞いてみた。

「間もなくいらっしゃるとは思いますけど、一度こちらからも連絡を入れましょうか?」

「そうね。お願いできるかしら」

 はいと答えて、立ち上がりかける由乃の腕を、祐巳さんの手がつかんだ。

「由乃さん、私もいっしょに行くね」

 何かしら、あれこれ言わせない迫力で祐巳さんは言った。

 由乃は一瞬戸惑ったが、うなづいた。

 

 

 

3、

 

 外はうだるような暑さだ。ほんの二三分で肌が湿ってくる。

 店内には公衆電話がないので外に出たのだけど、街のど真ん中だというのに電話のブースはなかなか見つからない。

 そういえば最近は携帯の普及で、公衆電話の撤去が進んでいると聞いたことがあるのを、由乃は思い出した。なるほど、こういうことかと、いまさらに実感する。

 お店の人にお願いして借りた方がよかったかな。

(でも普通の電話から携帯にかけると高いそうだし、それはさすがに厚かましいよね)

 さすがに駅前まで行けばあるだろうけど、反対方向だし――由乃は早くもうんざりしかけていた。

「暑いね――はやく見つけなくっちゃ」

 連れ立った祐巳さんは何をあせっているのか、ひたいの汗をぬぐおうともせず、ひたすら必死になって周囲に目を走らせていた。

「あ、あそこ。あったわよ、祐巳さん」

 真正面のデパートのファサードに一台あるのをやっと見つけた。それを見て祐巳さんが言った。

「あのね、由乃さん――私がかけてもいい?」

「え? ああ、いいわよ」 

 考えてみれば祐麒さんにせよその友達にせよ、由乃自身には面識がない。祐巳さんが話してくれた方が都合がよいわけだ。由乃は祐巳さんにテレホンカードをわたした。 

 すーはー、すーはーと深呼吸して、祐巳さんが受話器を手にとる。真横で由乃が番号を読み上げると、ピポパポ気ぜわしげに押していく。

 ツー、ツー……かかったらしい。

「もしもし、ああ、小林くん? こちら祐巳です。祐麒に代わってもらえます?」

 数秒置いて、祐巳さんがまた話し始める。

「私よ、今どこにいるの? やっと駅前コンコース? そう、ならいいわ。え、十分以内には行ける? それじゃよくない、困る、困るわ、そうじゃないの、あのね――」

 祐巳さんは簡潔に宣告した。

「予定変更よ、来ないで!!」

 ――――は?

 いま、何といった?

「だから、来ないでっていったの!!――何で? 何でって――何でもよ、来てはダメなの、ダメなの、ダメだったらダメ!!」

 ちょっとまて、紅薔薇のつぼみ――おい、こら。

「うるさいわね、そりゃ悪いとは思うわよ、思うけど――とにかく絶対ダメなの、もし来たら、もし来たら」

 もし来たら、なによ。

 そこで祐巳さんは目を大きく見開き、激しく瞬くと、深呼吸して、

「おんどれっ!! ウダウダ抜かすと手ぇ突っ込んで、歯ぁガタガタいわしたるでっ!!!!」

 そのままガシャンと受話器を下ろし、はあはあと息をついている。戻ってきたカードを由乃に差し出す。

 祐巳さんの目は血走っていた。

「ありがと、由乃さん――由乃さん?」

「祐巳さん――いま、なんていったの?」

 おんどれ、どこでそんな言葉づかいを覚えた?

「なんていったって――ああ、あれ」

 祐巳さんは向かいの映画館の看板を指差した。ヤクザ映画の広告がかかっている。

『任侠たちの修羅の宿命、桜吹雪が血風に舞う――おんどれッ、ウダウダ抜かすと手ぇ突っ込んで、歯ぁガタガタいわしたるで!』

「ああ、あれ――よかった」

 本当よかった、いつの間にどこでそんな言葉づかいを覚えたのかと、愕然とさせられたわよ。しかし血風が舞うというわりには、迫力があるのか、ないのか、よく分からないフレーズねえ――って、いや、そうじゃなくて! 

「ちょっと祐巳さん、あなた何を勝手に断ってるの?!」

「――だって」

「だってじゃあ、ないっ!!」

 祐巳さんはちょっとすねた顔になって――あら、かわいい――はともかく、ボソボソ言い訳をつぶやいた。

「絶対に、見せられるもんですか、男どもになんか」

 カットジーンズ姿のお姉さまを。

 絶句した由乃をおいて、祐巳さんは後ろを向いてしまった。

 

 

 

4、

 

 けっきょく、今日は都合が悪くてかなり遅くなりそうなので会合はキャンセル、ということで落着――むろん由乃は、友情にかけて何も言わなかった。

 あとは雑談してそのままお別れしたのだが、日が暮れるにはまだ間があったので、由乃は令ちゃんと連れ立って、駅前の長いアーケードの中を歩いていた。

 屋根で日差しがさえぎられてはいても、蒸し暑さと冷房の冷気とが交じり合って、何となく息苦しい。それでも二人だけで歩くのは楽しい。

 さすがに令ちゃんにまで黙っているわけにもいかず、外での一件を報告すると、令ちゃんは聞くにつけ、いかにも楽しげに笑った。由乃もつられて笑いながらたずねた。

「ねえ、祐巳さんだけど――黙ってられると思う?」

「無理ね」

 令ちゃんは言下に即答した。裏切りの前科持ちの祐巳ちゃんだもの、結局は祥子に何もかもばらして、お許しを乞うのがオチよ、と明快に指摘する。

「それをまた祥子さまも、笑いながらお許しになるわけね」

「さあ、そこまでは――この場合、花寺の方々に対して一方的に迷惑をかけたわけだからね。まして祥子の喜怒哀楽なんてなかなか知れたものじゃないわ」

 でもいずれにしても、最後は祐巳ちゃんに折れるわよ、と令ちゃんは肩をすくめた。

「――そうね」

 由乃は思わず含み笑いしてしまった。祐巳さんは祥子さまに弱い。かつ祥子さまは祐巳さんに弱い。ただし二人合わせると、

「最強だわ、本当」

「はた迷惑だけどねえ――暴走する由乃と同じくらい」

 由乃はただちに令ちゃんの頭をはたいた。令ちゃんはわざとらしく頭を抱えてみせながら、ふと苦笑して、

「まあ、でも祐巳ちゃんの判断自体はおそらく妥当ね」

 由乃もうなずく。

「たしかに、普通の男の子には刺激が強すぎるよねえ」

「まあそのあたりの祥子の、一般常識については今後」

「祐巳さんが祥子さまに、みっちりと教えていくと思う」

 令ちゃんの台詞に間髪をいれず由乃が言葉を続け、二人で顔を見合わせてまた笑った。

「――それにね令ちゃん、やっぱりああいう格好はさ、思うんだけどね」

 そこで由乃はわざと言葉をとめて小首をかしげ、令ちゃんの顔を見つめた。

「なあに?――そう、ちなみにいま、私も」

 そこまで言いさして令ちゃんがふと足を止めた。

「どうしたの、令ちゃん?」

「――実はね、私」

 令ちゃんは由乃の耳に口を近づけて、

 ――今日は少しお金の、持ちあわせがあるの――

 ささやくと、すぐそばの店を指差した。

 量販のジーンズショップだ。表にたくさんの品物が並んで、わきに大きな張り紙が何枚も張られている。

 ――――〈特売! カットジーンズ 各サイズ〉――――

「私も――持ってるわよ、お金」

 由乃は答えた。

 

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