次の停車駅は惑星〈ヤミかわら版〉、光の全くない、全星真っ暗闇という奇妙な星だ。 しかも停車時間は、――未定。
「未定ですか?」 祐巳は首を傾げた。祥子さまはうなづいて、 「私が帰ってくるまでは発車しないわ」 「お姉さまがお帰りになるまで? それはまた、どうして?」 祐巳は何の気なしに聞き返しただけだったけど、 「あら、私が帰ってくるまでに列車が出発した方がいいのかしら?」 「なななな、何てことをおっしゃるんですか!」 あわてる祐巳に、祥子さまは笑いかけて、 「見てのとおり、ここは真の暗闇の星。全ての光も吸収されて、懐中電灯も何も、建物の外では全く役に立たないわ。待たせて悪いけれど、私が帰ってくるまで、ここにいてもらったほうがいいかもね」 そう言って祥子さまは何も持たずに立ち上がると、そのまま出て行ってしまう。 祐巳はあたふたとタラップまで追いかけて、 「お、お、お姉さまっ、早く帰ってきてくださいね!」 「心配しないで、二時間ほどで戻るわ――」 「お姉さまーっ!……」 ほんの何メートルも歩かないうちに、祥子さまのお姿は外の闇の中に、解けて消えて見えなくなってしまった。 「……へんなの」 光を吸収するって、何か害はないのだろうか。 「――あ」 何でお姉さまが帰るまで列車が動かないのか、――それを伺うのを忘れていた。 「まあ、――どうでもいいよね」 そんなことよりもお姉さまが無事に、きちんと帰ってきてくださるほうがよっぽど重要だ。 考えてみれば荷物も何もかも置いていかれたのだから、言われたとおり、すぐにお戻りなのだろうけど。 仕方がないので祐巳は席に戻って、 「一、二、三、四、五、――」 時計の秒針を見ながら数を数え始めた。
……ゆみ……ゆみ……。 「……お姉さま!?」 声が聞こえたような気がして、祐巳は飛び起きた。――数を数えているうちに、眠っていたらしい。 「……気のせいかな」 ――そこへ、 「――祐巳さん、祐巳さん」 「え?」 コン、コン、コン。 (?) とつぜん窓を叩く音がした。 「え!?」 外を見ると、 「――ぎゃっ!!」 闇の中にきらりと光る目が二つ。 ――なななな、なにっ、これ! 「――おね、おね、おね、お姉さまっ、たす、たす、たす、助けてっ!!」 祐巳がおののいているところへ、 「――祐巳さん、祐巳さん」 「え?」 ――よく見ると、いちおうは人間らしかった。うすく輪郭が見える。 「ごめんなさい、驚かせて」 しかも声からすると女の子らしい。ずいぶんと落ち着きのある声だけど。 「どなたですか、あなたは?」 「私の名前は、真美よ。タメ口でいいわ、祐巳さん」 「えっと、真美さんね。私は――って、あれ?」 なぜこの人は祐巳の名前を知っているのだろうか。 「この星で、分からないことはないからよ。福沢祐巳さん」 「分からないことはない?」 「この星は光の差さない永遠の闇の星。古代から、――闇は生けるものの蠢く姿を隠し、あまたの秘密をその中に閉じ込めることのできる空間だった」 「秘密を閉じ込める空間――」 「〈闇〉だからこそ〈明かす〉ことができる。それゆえ秘密を持つ人間はこの星に引かれ、そうやって全宇宙から集まる情報の、この星は墓場」 「墓場、なの?」 「怖い?」 闇の中で瞳が瞬き、真美さんの軽く笑う声が聞こえて、 「でもね、〈死〉とは同時に〈再生〉の場所でもあるのよ。この星は情報の墓場であると同時に、すべての情報の発信地でもあるの」 「あの、そんなところにいないで、よければ、こちらへ」 「ありがとう、でも乗客でなければその中には入れないわ」 「あっ! ごめんなさい、真美さん。忘れてた」 「いいえ。それにどちらにしても、私たちは光のあるところへは出ないの。でないと、誰も秘密を明かそうという気にはならないでしょう」 「はあ、そういうものなの。ところで」 この人は何しに来たのだろうか。 「別にご大層な秘密なんてないよ、私には」 「あら、旅行者インタビューなんてのも、悪くないのだけど」 「そういう御用なの?」 祐巳がたずねると、 「そのうち機会があったら、ぜひお願いしたいわね。――ただ、今日の用事はほかにあるの」 「と、言うと?」 「私には〈お姉さま〉がいます。築山三奈子というその〈お姉さま〉を、――始末して欲しいの」 ――――は? 「始末して欲しいの」 声だけが、――闇に響く。 「しま……つ?」 祐巳はふと、全身をふるわせた。
あんまり予想外な状況に置かれると、 (人間って、けっこう冷静になれるものなんだ) そう思いながら祐巳は真っ暗闇の中を、南へ南へと進んでいた。 ――真美さんは言った。 「姉を始末して欲しいの。さもないと、あなたのお姉さまが危ないわよ」 祐巳は呆然としていたけど、その言葉でハッとなって、 「――何ですって!?」 「いくら待っても、あなたのお姉さまは帰ってこないわよ。私のお姉さま、三奈子さまにつかまっているから」 「どうして!?」 「三奈子さまは、この星に光をもたらそうとしているの。すべての闇を光の下に暴き出して、光の星にしようというの」 「光の星?」 「そんなことをしたら、すべての秘密は公然となり、その影響はあることもないことも流布させて、全宇宙が大変なことになるでしょう」 「それと私のお姉さまと、どういう関係があるの!?」 「姉はあなたのお姉さまの力を利用して、人工太陽をうちあげるつもりなの。闇にかき消されることのない、太陽を」 それを止めなければ、下手をするとあなたのお姉さまの命がない、と真美さんは言った。 「で、でもどうやって、その三奈子さまを、始末なんて、そんな」 「――これを使って」 そう言って祐巳が渡されたのは、ストロー付ウーロン茶の紙パックだった。 (――毒入りというわけね) まあ銃で始末しろとか言われるよりは、ましかもしれないが、 (でも、――〈始末〉だなんて) いいえ。考えてばかりいても仕方がない。 とにかく行かなければ。 それから、――考えよう。 思い切って闇の中を、祐巳はひたすら歩く。 歩く。 歩く。 歩いて、―― 「動かないで」 「だ、だだだ誰っ!」 「動かないでといったでしょう、福沢祐巳さん」 「な、なぜ私の名前をっ、あなたは!?」 「私の名前は三奈子。そうやすやすとはやられないわよ、福沢祐巳さん」 そう言って祐巳の背後の三奈子さまは、うふふふと笑った。 「ちょ、ちょっと待ってください、ミナコラさま」 「――三奈子よ」 「うちのお姉さまに何したんですかっ!」 「知りたい、祐巳さん?――うふふ、そう、知りたい?」 「ひ、ひっ」 知りたい?、知りたい?、知りたい?――繰り返しながら三奈子さまの気配が近づいてきて、祐巳の手をつかんだ。 「わっ、何するんですか!」 「いらっしゃい。お姉さまのところへ連れて行ってあげるわよ」 三奈子さまは祐巳の手を引っ張って歩き始めた。
その部屋はライトの光で満たされていた。 「あ……まぶしい」 「早くお入り」 何度も何度も瞬きして、ようやく祐巳は目が慣れてきた。そこは機械とメーターだらけの、大きな実験室らしかった。中央に――大きなベッドがあって、 「お姉さまっ!」 祥子さまが、頭に大きなヘッドフォンを被せられてベッドに横たわっている。ピクリともお動きにならない。 「心配することはないわ。人工太陽を打ち上げるため、祥子さんの頭脳に協力してもらっているのよ」 「何ですって?」 「この人のパワーは相当なものよ。このパワーはそう宇宙にあるものじゃないわ」 「パワー?」 「喜怒哀楽が激しく彼女の心を揺り動かすとき、彼女は絶大なパワーを生み出すの。それこそ星一つ作るくらい、なにほどのこともないくらい。――近づいて、彼女の耳にどういう言葉が聞こえているか、聞いてごらんなさい、祐巳さん」 祐巳がお姉さまの耳元のヘッドフォンに耳を近づけると、――
〈祥子さま――お姉さま〉
「へにゃ?」 どこかで聞いたことのある声だ。
〈本気で私なんか妹に選ぶはずないじゃない――ややっ――へにゃ――ぎゃっ――どどどど――遊園地――もう、いいんです――ご自分の力で克服なさるはずだから――あらえっさっさー〉
「な、な、何ですか、これはっ!」 「決まっているでしょう。彼女のパワーの源は、あなたなのよ」 「あな、あな、あなたって」 「あなたのセリフのひとつひとつが、彼女の喜怒哀楽の源なの。ほんとう、この日のために蓄えておいた、この私、築山三奈子の特別編集版〈福沢祐巳、マル秘特選セリフ大全集(1)〉なのよ、この録音は」 「は?」 何ですか、その〈何とかセリフ大全集〉っていうのは? わけわかんない、というか、 「いつの間にそんなものを録音したんですか!」 「世の中〈ちり取り〉と〈ほうき〉さえ要所要所に配置しておけば、どんな情報でも必ず獲得、入手可能なのよ。そしてヤミかわら版の〈ちり取り―ほうき〉ネットワークは、いまや「銀杏鉄道網にも劣らない規模で、全宇宙を覆っているわ」 「全宇宙を。すごいですね、――って、いや、そんなことはどうでもいいんです!」 つっか、うちのお姉さまに、いったい何をさらしやがっていらっしゃるんですかっ! 「あら、何が悪いというの? 傷つけたりしてるわけじゃなし、この程度、良識の範囲内よ」 「…………」 どうやら〈良識〉ということばについて、この三奈子さまとはかなり食い違いがあるらしいと、祐巳はやっと気がついた。 「さてと、もう十分だわ。それ、スイッチポンと」 三奈子さまはそういって、手元のリモコンのスイッチを入れた。部屋中のメーターにランプがともり、ぶぉーんと機械音があたりを満たす。 「あっ」 ひょっとして人工太陽打ち上げのスイッチ!? 祐巳は気がついたが、もう遅い。 ――ごおお……! 天井の、さらに上の、はるか彼方だろうか、ズシリとくるような重い音が響いてきて、――やがて消えた。 それから、しばらくして、 「やったわ。とうとう私は人工太陽を作った」 画面に張り付いてあれこれをチェックしていた三奈子さまは、顔を上げて満足げにつぶやいた。 そこへ、 「――お姉さま、お姉さま!」 祐巳は振り向いた。インターフォンらしき場所から、声が聞こえる。三奈子さまが顔を上げた。 「その声は、真美? 真美じゃないの」 「そうよお姉さま、ここを開けて!」 「真美、やっと私を理解してくれたのね」 三奈子さまはうれしそうにレバーを操作して、扉をひらいて、 「あっ!――ま、ま、真美。……あなた、それは」 「え、ええええっ、真美さんっ!」 三奈子さまと祐巳の悲鳴が交錯する中を、真美さんはゆっくり足を運んで、 「――お姉さま。とうとう恐ろしいことを、実行してしまったのね」 「真美、あなた、あなた――」 真美さんは――光の下で顔を見るのは初めてだったけど、 「真美、あなた、――その日焼けは!」 部屋の中に入ってきたその人は、真っ黒に日焼けしていた。 顔も、腕も、剥き出しの部分はすべて。それもまだらに、あちこちがポロポロとはがれかかっている。 「さあ見て。これがお姉さまのしでかしたことなのよ」 「ま、真美」 真美さんは、さすがに動揺気味の三奈子さまに迫って、 「今やこの星は全星、即席の日焼けサロン状態だわ。いきなり太陽が打ち上がった日には、一度も光など浴びたことのないこの星の人間がどうなるか、そんなこともお考えにならなかったの!?」 「――おだまり、真美。この星の頭の固い部員たちに変化をもたらすためには、多少の犠牲はやむをえないのよ!」 ――三奈子さまは早々と立ち直ったようだ。 「それはお姉さまの思い上がりです!」 「おだまり、真美。それよりも、あなた一体何をやっているの? こんなところで油を売っているどころではないわよ。いいわ、私と一緒にいらっしゃい」 「何を言っているの、お姉さま。それよりも早く人工太陽を落として!」 「あんなもの、放っておいても三日で落ちるわよ」 「――――え?」 「だから、三日で落ちるわよ」 「――――え?」 真美さんは――ボロボロのお顔で表情が読めなかったが――あっけに取られているようだった。 というか、三日って? 「当たり前でしょう。人工太陽というのは膨大なエネルギーを必要とするのよ。いくら祥子さんのパワーを充電させてもらったからといって、たかが一時間やそこらでどうにかなるはず無いじゃないの。打ち上げがせいぜいよ――それだけでも凄いエネルギーだけど」 「そ、そうなんでしょうか?」 真美さんはおたおたしていた。さっきまでの冷静な声音がウソのように。 対する三奈子さまは自信たっぷりに、 「それに、恒久的な太陽なんか打ち上げたら、この星に情報なんか集まってこなくなるわよ。分かりきったことでしょう」 「わ、分かっておいでだったんですか! じゃあ、一体何のためにこんな大騒ぎを」 「あなた、最初から私のいうことに耳を貸そうとしなかったでしょう。――いいこと、事件は、もしそれが見つからなければ、〈見つける〉のよ!」 「と言いますと、――事件を作るということですか?」 「何をいっているの。それじゃただの捏造でしょう。〈見つける〉、つまり事件が発見しやすいように、環境を整えるのよ」 「と言いますと、――あ!」 「やっと分かったようね」 三奈子さまは満足げにうなづいて、 「不意をついてみんなが慌てふためくこの隙に、文字通り白日の下のシークレットを、集められるだけ掻き集めて、終わったら引き上げるのよ。その頃には太陽も落ちて、またもとに戻るわ」 「分かりました、分かりました。――すごい。お姉さま、お手柄です!」 「ちなみにこの人工太陽に有害な紫外線などは含まれていないから、ガンになる心配はないわ。まあ名誉の負傷ということで、我慢するのね」 まあでも、それ以上肌が荒れるのも何だから、と言って三奈子さまは、部屋の隅の戸棚の引出しから、サングラスだのスカーフだの厚手のコートだのを取り出して、手早く装着した。 それから同じ物を横に並べ、ついでに日傘を二本と、何かのクリームらしい容器を取り出して、 「さあ、あなたも早く、この肌荒れクリームを塗って、それからこれを身に付けなさい。あとは日傘を装備すれば完璧よ」 「はい!」 真美さんは準備を済ますと、 「それでは、お姉さま」 「いくわよ」 そのまま出て行こうとする二人に、 「あ、あの、ちょっと真美さん、三奈子さま!」 完全に忘れ去られていた祐巳は、慌てて声をかけて、真美さんがふりかえる。 「あ、――ごめんなさい、祐巳さん。さっきの依頼はもういいわ」 「はあ、いや、それはいいんですが」 (分かるわよ、見てればそれくらいは) 祐巳のそんな思いをよそに、真美さんはというと、あっけらかんと、 「さっきのウーロン茶パックのこと? あげるわよ」 「あ、あげるわよって、言われても」 「でも飲まない方がいいわね」 「当然ですっ、誰が毒入りウーロン茶なんて飲みますか!」 「毒? 何を言うの祐巳さん、あれは賞味期限切れよ」 「――は?」 一時的にひっくり返っててくだされば、やがて999が発車して祥子さまもいなくなって、お姉さまの野望も阻止できると思ったのよ、と真美さんは言って、 「で、でも真美さん、三奈子さまを〈始末〉って」 「始末とはいったけど、殺すなんて言った?」 「…………」 「そんなわけないでしょう、姉妹の間で」 ――普通はそうだろうが、あなた方の間にそんな理屈が成り立つだろうかと、祐巳はぼんやり考えた。そんな祐巳には取り合わぬ様子で、真美さんは、 「まあでも、賞味期限切れでもお茶だから、飲めないこともないかもね」 「――真美、あなた、私にそんなもの飲ませるつもりだったの」 「――お姉さま」 「よろしい。私情に囚われない態度こそ、新聞記者の模範よ」 「……お姉さま」 「さあ、行くわよ」 「はい!」 二人は元気よく、そのまま出て行った。祐巳は黙ってそのまま見送っていた。 (――これ以上、かかわりたくないし) どう考えてもその方が利口だ。そこへ、 「祐巳……?」 「……あ、お姉さま!」 祐巳は慌ててベッドに駆け寄った。 「……夢を見ているのかしら」 正気づいた祥子さまがゆっくりと身を起こすところだった。 「お姉さま!」 「――ありがとう、大丈夫よ」 心配をかけたようね、と、お姉さまはそっと祐巳の頬を撫でた。それからヘッドフォンを取り外し、 「奇妙な機械よ。――何か聞いたの?」 祥子さまの問いに、祐巳は一瞬なんと答えるべきか、戸惑ったが、 「――いいえ」 とだけ、答えた。
窓の外、来たときとはうって変わって、輝く人工太陽にくっきりと照らし出される惑星ヤミかわら版を見ながら、 「まったく、――はた迷惑な話だったわ」 「ほんとうに、お姉さま」 「――ねえ、祐巳」 「はい」 「何だか、おなかが空いてきたわ」 「あ」 そりゃそうだ。三奈子さまの言うとおりだとすれば、祥子さまは膨大なエネルギーを消費したばかりである。 「食堂車へ行きましょう、お姉さま」 「そうね」 祥子さまは席を立った。 車内の燈火の下、祐巳が下から仰いだ祥子さまのお顔は、光と、そしてうっすらとした陰りとに彩られて、――それはまるで大理石のような滑らかな光沢を帯びて見えた。 とてもきれいだと、祐巳は思った。
(第64話に続くか) (to be continued or not)
Copyright 松本零士、東映アニメーション、エイベックス
ここは 沈黙の聖堂…… 人は だれも 密告を恐れて 声をひそめる しかし 私は はっきりと言いたい! 心のそこから叫びたい! 「○○○○!」と……
次回の銀杏鉄道999は、 『沈黙の聖堂』に停まります |
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