それは西暦某年、大晦日のことだった。
イチョウの枯葉が舞い、ギンナンの実の降り積もる薫り高い道を、とある姉弟が歩いていた。 姉の名を福沢祐巳、弟の名を祐麒という。 「――なによ、あの音は?」 祐巳はふと不審な物音に気がついた。 ――カッポ、カッポ、カッポ、カッポ、――近づいてくる音に、祐麒も首を傾げて、 「さあ、何だろう?」 二人とも振り返った。 「――?」 カッポカッポ……カポカポカポカポ。音の間隔が狭くなる。 「――あ、あれは!」 「どうしたのよ、祐麒?」 見ると降りしきる銀杏の葉の嵐の中から、赤い鞍をつけた、白馬に乗った王子さまが、銀杏を蹴散らし馬を走らせて二人を追いかけてくる。 ――手には猟銃。 「き、奇怪王子!!」 祐麒が叫ぶ。 「きかいおうじ? 誰よそれ?」 「高校の先輩、別名ギンナン王子さま、趣味はタヌキ狩り――って」 王子さまがねらいを定めて、――撃った! 「うわあああああっ!!!」 「祐麒!!」 王子さまが撃ったギンナンの実が祐麒にあたって砕け、パシャッと中身が祐巳の顔に飛び散った。 「うぎゃっ!」 芳香が目の前に広がった。 「うーん、きゅう……」 その芳香に、祐巳は気絶した――
「かわいいワンピースね。よく似合うわ」 謎の声に祐巳ははっと目を覚ました。 「……ここは?」 あたりは薄暗い。でも、ほんのりと一筋、明かりが差して、 (何だか、いい匂いがする――) 自分は、いったいどうしたのだろう? 「――あ」 すぐ目の前に、丈に余る長い黒髪の、うら若い女性の顔があった。 (まるで夢みたい――) 抜けるような白肌に涼やかな瞳の、見たことがないほど美しい人だ。 「気がついた、祐巳?」 心配そうに覗き込んできて、上から覆いかぶさってきて大きな胸が、 (うわ、うわ、うわ) ――あたる。ストレートにあたる。 もがく祐巳はそのまま抱き起こされた。 「あ――」 ようやくホテルらしい部屋の中にいることに気がつく。 「――ここは、いえ、あなたは?……」 長い黒髪の美女は口を開いた。 「ここはメガロポリスの銀杏鉄道指定ステーションホテル。わたしの名前は――祥子」 「祥子さま……、どうして私の名前を」 「この集音機をまわしていたら、偶然あなたと弟さんの会話が耳に入ったの……弟さん、お気の毒なことをしたわね」 机の上に集音機がある。 (なんで、そんなものを?) ――いや、まあそれはおいて、祐巳は肝心なことを訊いた。 「あの……弟がどうなったか、ごぞんじなんですか?」 「奇怪王子は、宇宙の果てに向けて出発したわ」 「えっ! そ、それで弟は?」 「あなたの弟さんも、美少年好きの王子のそばにいることでしょう」 「そんな。……それじゃ、わたしはどうすれば……」 「一つだけ方法があるわ」 「どうすればいいんでしょう?」 「銀杏鉄道に乗ればいいの」 「銀杏鉄道?」 「そうすれば、途中で必ず、王子の住むところまでたどり着くことができるわ」 「――なぜ、そんな、奇怪王子のゆくえをご存じなんですか?」 「……いまに分かるわ、いまに……」 祥子さまはそれ以上何も答えず、引出しから何かを取り出した。 ライトに白くきらめいて左右に揺れる、それは、 「無期限無制限の、銀杏鉄道に乗れるロザリオよ」 「銀杏鉄道の、ロザリオ――」 「あなたは、弟さんを助け出したいのでしょう?」 「――それは、無論ですけど」 「それに、999に乗れば、タダで姉妹の体をくれる星へもいけるわよ」 「はあ」 「欲しくないの、姉妹の体が?」 「欲しくないの、って言われても……」 考えたこともなかった。自分が姉妹関係を持つなんて。 「とにかく、一刻も早く追いかけていかないと、――あなたの弟さんは王子の手で〈奇怪な体〉にされてしまうわよ」 「えっ、〈奇怪な体〉に!? そ、それはっ!」 奇怪な体というのは〈革命が常習化する〉という、それはそれは恐ろしい体らしい。〈革命が常習化〉というのは何かというと、何でも〈受け攻めが、リバーシブルになる〉状態だそうだ。 ――って、祐巳にはいまいち理解できないのだが、とにかく、とってもアブノーマルな、おぞましい体ということらしい。 「それでは困るでしょう、祐巳?」 祥子さまはベッドに座って、こんどは後ろから祐巳を抱きかかえた。 ――また、おっきな胸が当たる。 祐巳はちょっといろいろ混乱した。 「……受け取れません」 「なぜ?」 「……気持ちを言葉に変換する作業は難しい」 「――あなた、それはいちおう地の文よ」
けっきょく祐巳はロザリオを受け取って、銀杏鉄道の乗客(スール)になった。
メガロポリス中央ステーション。 多くの旅人が忙しげに袖を触れ合わせて行き交う、壮麗な第999番ホーム。 ジリジリジリジリ……発車ベルが鳴って、アナウンスが流れる。 「K星系・M星系経由、大リリアン星雲行き、超特急999号が発車いたします。お見送りの方はホーム白線の内側までお下がりください」 ホオォォォーッ! 高らかに汽笛が鳴る。 昇降口の扉が閉まり、動輪が回転し始めて――ゆっくりと列車が動き出した。 時刻は1月1日、午前零時零分。 銀杏超特急999号は、無限の銀河の果て目指して、あらたなる旅路についた。 「きれい……こんなの見るの初めて」 窓の外から遥か眼下のメガロポリスのネオンを見つめる祐巳に、祥子さまはいう。 「停車時間はその星の1日――でも、ひとつだけ気をつけて。絶対にタイを曲げたまま乗車してはいけないわ」 「え、どうしてですか?」 祐巳は祥子さまのお顔をふりあおいだ。 「さっき言ったでしょう、『身だしなみには気をつけてね』と」 「あ、――はい」 ――そういえば、ついさっきプラットホームから列車に乗り込む間際、 「祐巳――タイが曲がってるわよ」 祥子さまが膝をついて祐巳の首筋に手を伸ばしてきた。 また胸があたる。 (え、えーと) 胸がドキドキする。――その姿勢のままで、祥子さまはわざわざ祐巳のタイをなおしてくださった。 「身だしなみには気をつけてね。マリア様が見てやがるわよ」 「はあ」 ――何のことかと思ったのだが。 (まあ、いいや) とりあえず気にせずに、祐巳はドキドキに身を任せて、――そのまま忘れていたのだった。 何だか、体が熱くなってくる。 「――暑いの、祐巳? 顔が真っ赤よ」 「えっ。い、いいえ。大丈夫です、祥子さま」 「そう、それならいいけど。とにかく、決してタイを崩したまま、列車に乗り込んではダメよ」 「はい」 祥子さまは祐巳が大きくうなづいたのを見て、ことばを続けた。 「もし乗車時、ドアをくぐる時点でタイが曲がっていたら、祐巳」 「はい」 「そのときは死ぬことになるわよ」 「はい。――って、え?」 「死ぬことになるわよ」 「し、しししし、しぬっ?!」 横から車掌さんらしいひとが、祥子さまのことばを肯定した。 「タイが曲がっているような無作法者はこの列車にふさわしくないと、機関車様のご命令で、おいてきぼりにされてしまうんです」 「きゃあああああっ!」 突然、窓の外で絶叫がした。見ると少女が空中に放り出されて――見えなくなった。 「――あんなぐあいに、容赦なく列車の外にほうり出されることもあります」 祐巳は思わず先頭の機関車様―マリア62-48(略してマ・ロクニ)―の方向を見た。 「な、なんでそ、そんなに、きび、きびしいのですか?」 「……いまに分かるわ、いまに……」
――そう言われて分かるためしはない。 なんとなく直感して、先の見通しが思わず暗くなった祐巳だった。
(第2話に続くか) (to be continued or not)
Copyright 松本零士、東映アニメーション、エイベックス
そこは赤い風の吹きすさぶ星 むなしい今日に飽きた由乃はウェイトレスに呼びかけた 『明日はホットサンドね!』 しかしその時、彼女の前に差し出されたのは 昨日ひっくり返したチーズケーキだったのだ
次回の銀杏鉄道999は、 『黄薔薇姉妹の赤い風』に停まります |
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